投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
  ファイル1
  ファイル2
  ファイル3
アップロード可能な形式(各1MB以内):
画像(gif,png,jpg,bmp) 音楽(mmf,mld) 動画(amc,3gp,3g2)

 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.コミュニティ ]

投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

全100件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 

松庵さん

 投稿者:lootone  投稿日:2008年 4月 1日(火)14時12分44秒
  日本も海外も含めて、ラップの世界でもロックの世界でも
下らない人はたくさんいますし、すごい人もたくさんいます。

ただ、ラップの下らない人達とロックのすごい人達を比べるのは
ちょっと違うように思います。

ラップの世界にも、すごい人はたくさんいますよ。
 

ちょっと一言。

 投稿者:松庵  投稿日:2008年 3月26日(水)20時15分13秒
  日本のラッパーがくだらなく見える僕だけですか?
どうも気取りすぎてる気がするのですが・・・
外人になろうとしているというか・・・ロックと違って。
僕自体、そんなにラップが好きではありません。
四大要素は知っています。


http://jp.youtube.com/watch?v=p5rmJAG6i6A ロック
http://jp.youtube.com/watch?v=ddb2WLCdl5w ラップ
 

先の「犬の〜」

 投稿者:aokiimpact  投稿日:2008年 2月29日(金)14時07分36秒
  こんにちは。

先日Lootone様がお話くださいました「犬の餓死」という芸術について

非常に深いなと思うと同時に、不謹慎ながら芸術という概念の広さを感じました。

餓死寸前の犬を通して善悪という表面的な訴えるのではなくて
人間という生き物の醜い群像劇を体験させられたような
額縁とか品評という枠を通り越したものであったのだなと目から鱗が落ちました。

コンテンポラリーアートが浸透してきているとは言え、ここまで影響力を与える
生きた表現はどこか吹っ切れていないと出来ない気がします。

到底私では真似は出来ないでしょうが、表現方法に頭が堅くなって
スランプ気味だった私には芸術というものに関してとても参考になりました。
貴重なお話をありがとうございます。

http://www.h2.dion.ne.jp/~relaxkq8/

 

大ファンさん

 投稿者:lootone  投稿日:2008年 2月27日(水)10時44分58秒
  ありがとうございます!。

映像・・汗。よく分からないので載せれるかどうか・・汗。
 

「犬の餓死」という芸術

 投稿者:lootone  投稿日:2008年 2月16日(土)21時15分45秒
  アートで生活する者として、いろいろ考えさせられました。

南米コスタリカでの話のようです。

「犬の餓死」という芸術

ある芸術家が餓死寸前の犬を展示して「犬の餓死」という芸術を
発表した。
しかもこれはまだ最初の布石に過ぎず、私が表現しようとする
芸術の準備段階だと宣言した。

「犬の餓死」だけでも非人道的なのに、それが準備段階に過ぎないと
宣言したことで、様々な人から非難が集中した。
ネットでは芸術家のブログは炎上し、自宅には反対するグループが
押し寄せ、それらをマスコミが取り上げ更に盛り上がり、収拾が
つかない程に社会問題化した。

それを受けて芸術家は新たなコメントをした。
次の展示に使う犬は保健所で処分される予定の犬を使用することにします。
助けたい人がいらしたらどうぞご自由に。
次の展示が行われる日、展示される美術館では初めて開館前に
行列ができていた。
鉢巻をして襷をかけたいかにも抗議団体ですという集団や、
興味本位で初めて美術館に訪れましたというような一般人、
そしてそれらを面白可笑しく撮ろうする撮影人。

100人以上の人が集まっていたので美術館はいつもより早く開館した。
開館するや否や、皆早足で「犬の餓死」が展示されている前に集まった。
前回と同じように動く元気もないような犬が元気なく伏せっていたが、
そこに立ててあった看板だけは前回と違った。

「助けたい人がいらしたらどうぞご自由に。」

展示の前に集まった皆が静かに周りを伺う。
多くの人が降りる停留所なのに停車ボタンを皆なかなか押さない
バスの空気に似ていた。
そんな中一人の老婦人が静々と手を挙げた。
この犬を引き受けたいのですが。
すると奥から芸術家が現れてわかりましたと犬の縄を看板から解き、
老婦人へと手渡し、また奥へと下がっていった。
縄を受け取った老婦人が屈み「もう大丈夫よ。」と犬の頭を撫でると
自然に拍手が巻き起こった。

しかしそんな中、芸術家は奥から飄々と現れ、また連れてきた犬を
看板に繋いだ。
どういうことだと詰め寄られるが特に気にすることもなく、
今日は10匹連れてきましたから後9匹いますよ、と答えた。
人々は唖然としたが一度できた流れは変わらず、次々と挙手する人が現れた。
自分が引き受ける、いいや自分が引き受けると、我先にと手を挙げた。
芸術家は機械的に受け渡しを9回済まし、その日の展示は終了した。
マスコミはその様子を何度も放映し、国民もその美談に酔いしれた。

芸術家はその後も精力的に展示を行ったが「犬の餓死」が
完成することはなかった。

どこの美術館でも用意した犬は全て貰い手が現れたからだ。
それは数を増やしても変わらなかった。
展示の度に生成され続ける美談が一大ブームを作っていたからだ。
そしていつしかある噂が囁かれていた。
あの芸術家は処分予定の犬達を救うためにこんな展示を
始めたんじゃないだろうかと。

しかしある時、芸術家は突然展示をやめた。
ブームの最中だったから人々は不思議がった。
そしてとある記者が尋ねた。
「噂では処分予定の犬を救うためにこの展示をしていたとのこと
ですが本当でしょうか?」芸術家は答えた。

「いいえ違います。それに、もしそれが目的ならば展示をやめる
なんておかしいでしょ?」もっともな話だった。

「では何のために展示をして、そして何故展示をやめられるの
ですか?」

芸術家は答えた。「それはこれからわかります。そして私の準備は
これで終わったので展示をやめます。どうぞ皆様これから行われる
出来事をお楽しみください。」

展示は終わった。

謎めいた発言は一時的に話題にはなったものの、その後も特に
何かが起こるわけでもなかったので、すぐに忘れ去られた。

そして数ヶ月後。
奇妙な現象が起こり始めた。
全国各地の公園などに痩せ衰えた犬が次々と放置され始めたのだ。

「助けたい人がいたらご自由に。」と書かれた言葉と共に。

引き受けたはいいものの、流行と偽善の気持ちから挙手した人が
殆どで、数ヶ月もする頃には飼うことが嫌になっていた。
どうしたものかと考えつく先は皆同じで、それが芸術家と同じような
手段だった。
直接捨てたり保健所に連れて行くよりも心が痛まない。
悪いのは助けることができたのに、助けることなく見ていたやつだと。

かくして「犬の餓死」は完成した。
多くの人の手によって。
 

Canada Desu!

 投稿者:Chibon  投稿日:2007年10月28日(日)15時25分4秒
  Loot-san! ... Hisashiburi! ...Chi Bon Desu .. Genki? ...  

(無題)

 投稿者:LOOTone  投稿日:2007年10月 9日(火)22時21分31秒
  ちょっと、私事と仕事でバタバタしてます・苦笑。
なかなか更新や書き込みできなくてすみません・汗。

宇宙の話などをここ(掲示板)でしてから、皆さんの書き込みが
めっきり減ってしまいました・苦笑。

時代の流れもあると思います。
次の時代にいつの間にか変わっていきます。

敏感に流れを感じとらなければ、この社会を生き残ってはいけないでしょう。
自分なりですが、危機感をもって、進んでいきたいと思ってます。


糜爛鳥さん>
ありがとうございます!!。

載せれない絵とか描いていたので・・苦笑。
載せれる作品描いたら、すぐに更新します・笑。

チョクチョク覗きに行きます!!。

24∞さん>
ありがとうございます!。
気軽に書き込んでくださいね!。

また遊びに来て下さい!!。
 

「たとえ地球が明日滅びるとも、君は今日リンゴの木を植える」

 投稿者:LOOT  投稿日:2007年 8月21日(火)15時14分8秒
編集済
  世界的な宇宙学者ホーキング博士が来日時の講演での話。

宇宙全体に地球のような文明を持った星が「200万個ほど」あるということ。

そして、それならば私たち地球人は、なぜ地球外生命体と出会うことがないのか
という質問に対して、

「地球のような高度の文明を造り出した星は、その文明のせいで循環が狂って
 しまい、極めて不安定な状況をきたし、宇宙全体の 時間からすればほとんど
 [瞬間]に近い速度で自滅するからだ」

ということ。

つまり仮に人類が10万年間繁栄し得たとしても、それは地球の歴史46億年の
うちの4万6千分の1にすぎないわけである。

この言葉がほんとうならば、想像がつかないほど長い時間を費やし、築きあげて
きた地球上の文明社会は単なる一瞬の出来事に過ぎないということになる。

さらに私たちの一生は宇宙全体の時間に当てはめると、一瞬という言葉にすら
あてはまらない程の時間ということである。

一方、このほんの短い時間でも私たち一人一人の感覚としてはたいへん長い時間と
感じることもある。

短いと感じる事もあるが、一瞬とは感じていない。

[ネット上の某ブログから抜粋]
 

『Scratch on the wall 日本のグラフィティ+ぺインター最前線』

 投稿者:lootone  投稿日:2007年 7月10日(火)15時01分9秒
編集済
  僕(LOOT)も含め日本のライター、ペインターの作品とインタビューが載った本が発売されています。

タワーレコードや書店にて発売中。

『Scratch on the wall 日本のグラフィティ+ぺインター最前線』

パピエ・コレ編
B5版変型 (182mm×220mm)
総144ページ(カラー80ページ)
定価:2,500円(本体2,381円)
ISBN978-4-86020-229-3

2007年7月6日発売

発行・発売:株式会社ブルース・インターアクションズ
http://www.p-vine.com/app.php/mo/Shop/ac/ProductDetail/id/6319

-------------------------------------------------------
グラフィティ+ペインターを斬新な切り口で紹介!!!!!!!!!

日本で最もクリエイティヴであり人気もあるグラフィティ・ライター、
ペインター20名弱の作品をカラーで掲載する日本初のグラフィティ本!。
そのなかの主要人物にインタヴューし、どういった動機でグラフィティ/
ライヴペイントをやっているのか、など彼らの生の声も収載!。

また、彼らのためにリーガル・スペースを提供すべく動いている団体、
スプレー缶専門店など、グラフィティ・カルチャー関係者にもインタヴュー。
グラフィティをめぐる日本の現状に迫る。
ここでしか読めない貴重な証言が満載!。
-------------------------------------------------------

僕(LOOT)の作品が載っているアート・ブック「LOGO MONDO」もよろしくです!!。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4766117328/ref=sr_11_1/250-2627036-1632221?ie=UTF8
 

(無題)

 投稿者:ニードル  投稿日:2007年 5月 7日(月)11時57分3秒
  はじめまして。
私も、こういった広い目線で物事を考えることにとても共感します。人は気がつかないうちに、焦点を絞り込んだ場所に捕らわれることが多いです。とても狭い場所で、自分の意見の正当性や強さを競ってもよい結果は生まれないのではないでしょうか?焦点を絞ることはもちろん大事だとは思いますが、滞った時に、滞っていることを知ることが大事だと思います。
 

人類

 投稿者:SAS  投稿日:2007年 5月 6日(日)14時44分7秒
  すべてがそう考えてくれればずいぶんと楽ですね。

人間としてこの星に生まれてしまい、そして国や種族としての
カテゴリーにとらわれている現実。
「人間目線」で言う所の高等生物なだけに、そのカテゴリーの中で
異なった言語、文化や宗教、価値感を造り上げてきた現実。

過去や未来は人間の意識の中とありましたが、それがあるからこそ
他の生物や物体とは違うんじゃないのでしょうか?
自分が自分であって他の何ものでもないように、人間も人間でしかない
宇宙にどれだけの物質や生物があるかわかりませんが、どれとも同じでは
ないはず、到底計り得ない感覚で物事の心理を探るのも悪くはないですけど
同じ人間同士で思いやるとするならば、過去も未来も含めて文化や価値感を
理解しあう事が重要なのではないでしょうかね。
言語一つから異なり、それを訳す時の失敗から大きな間違いも生まれるくらい
なのですから。

まあ、たまにはそういうレベルへ意識を持って行くのも悪くはないと思います
自己中心、人間中心になりすぎないという事からすれば。
でも、そうすると他の地球上の生物の事も考えてみないといけないですね
ある意味「選ばれた種族」、それは選択をしなければいけないという責任を
持たせれたという意味ですが。
 

(無題)

 投稿者:KEY  投稿日:2007年 5月 4日(金)23時57分18秒
  >はたして、「正しい」とは何なのでしょうか?
>過去も未来も人間の意識の 中にしかありません。

最近、本当に↑のことを考えていました。ある事件なり、物事があって、「正しい」か「正しくない」かの判断は、自分で判断します。そう判断した根拠が「正しい」か「正しくない」かも自分で判断します。客観的に見て「正しい」か「正しくない」かの判断も自分でします。なんていうか、どんどん考えていくうちに、「正しい」か「正しくない」かの境界が分からなくなってきたんです。「正しい」か「正しくない」かを考えていると、いつのまにか「自分」について考えています。宇宙の真理なんかが分かれば、この悩みも分かる日がくるんでしょうか;


>やはり物事は人間目線を一度離れることによって真相が
>見えるような気がします。
>(感じる)ということを言葉にするのは難しいですが、
>感じることの 中に答えがあるでしょう。

私の中にある”宇宙”にはまだ物事の真理は見えてきそうにありません。もっと深く考えなければいけませんね。
 

フラクタル構造

 投稿者:LOOT  投稿日:2007年 4月29日(日)09時36分19秒
編集済
  >「人を思いやる心」を持つことは本当に難しいことですね。
>常日頃他人には優しく接しようと思ってはいてもイライラすると
ついついそんな気持ちもないがしろになってしまいます。


「人を思いやる心」を持つ事が難しいというのも
宇宙の構造の一つだと思います。

「人間は選ばれた種族」という人間中心の考え方を
やめないかぎり、殺し合いは続くでしょう。

でも・・自分達が選ばれた種族と思うのも、
殺し合いが続くのも、宇宙構造の一つ・・・。

「私達は矛盾の中に生きている」

彫師でもあり絵描きでもある友人からの最近のメールを
抜粋し添付します。↓

***************************************************
全くこの世の中はフラクタル構造(縮図)であると思います。
微生物の間にも大量虐殺が存在します。

すなわち、人間世界にも、宇宙にもそれは存在すると
いうことです。

世の中に子供から老人まで進化?の形が存在するように、
宇宙にも人間目線でいう子供から老人が存在しているで
しょう。

この目線こそが宇宙意識というものではないでしょうか?

虫や惑星には自我意識がないと思っているのも、
全ては人間目線で物事をあつかうからなのです。

絵を描く仕事につけたおかげで存在意義を考えることが
できています。
社会とも、ある程度距離を置いているので、世の中を
客観視できます。


はたして、「正しい」とは何なのでしょうか?
過去も未来も人間の意識の 中にしかありません。
(過去にこだわる人)、(未来を心配する人)
あるのはただの現在です。
まだ目を開けることができない人にどうして
伝えていいかわかりません。

やはり物事は人間目線を一度離れることによって真相が
見えるような気がします。
(感じる)ということを言葉にするのは難しいですが、
感じることの 中に答えがあるでしょう。

そして僕等絵を描く人の求めるべきものはそれであると
思います。

今後も意識の拡大につとめます。

全ては人の内側に有。
***************************************************

フラクタルとは・・↓

http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/furactal.htm

 

LOOTさん

 投稿者:KEY  投稿日:2007年 4月28日(土)20時18分27秒
  >頭の中では、いろいろ理解できているのですが、
>いざそれを絵に表現しようとすると、うまくいかなくて・・・・・
>よく凹みます・汗。

本当に難しいことです;自分の考を文章化することにすら苦労しているのに、それを絵にすることは本当に難しいです;

>自分もそうですが、最初は誰でも「自己満足」や「自己主張」・「自己発散」など
>オナニーの延長で絵を描いていると思います。
>しかし、その位置で止まっていてはいけません。

私もそう思います。グラフに限っていえば、私物・公共物に限らず壁に描けばなにかしらの迷惑を他人にかけることになります。そうなった時に、「有名になりたい!」「俺の名前を知ってもらいたい!」といった考えで描きたくはないと私は思っています。迷惑をかけるならば少しでも他人に良い影響を与えることをすべきだと。「じゃあ壁でなくてもいいじゃん」と思う人がいるかと思います。しかし、壁に描くことにこそ意味があると思うんです。私は、日常の景色の中に衝撃を紛れこませたいと考えています。バスから見る景色、登校・下校の時に見る景色、その中に衝撃を与えるには、絵の個展を開くよりも、ホームページで絵を公開するよりも、グラフがとても効果的だと思うんです。そこでグラフを見た人が平和について自分から学びだすきっかけになってくれたらいいと思います。

と言ってもまだまだ絵が下手ですし、「これで俺のスタイルは完成だ!」と思ってもやっぱり改善の余地がある部分がたくさんあって実際に壁にはまだ描けそうにありません;みなさんも壁に描く際にはキャラクターなんかをただ描くだけでなく、何か伝えたいこと(両親の素晴らしさ、友達の大切さ、命の大切さ等。私でいえば平和になります。)を絡めて自分のスタイルで描けばそれが自分の個性になるのではないでしょうか。

偉そうなこと言ってんなよ!カス!って感じですがスイマセン;
LOOTさん、これからも病気等には十分気をつけて頑張ってください。そうしないと私はドゥアラットしか着ないので私が着る服がなくなってしまいますw

みなさんの心に真実の愛と平和を!それでは!
 

KEYさん

 投稿者:LOOT  投稿日:2007年 4月28日(土)03時31分6秒
編集済
  ありがとうございます!。

こちらこそ、仕事やら何やらでテンパっていて、なかなか書き込み出来なくて
すみませんでした・汗。

まだちょっとバタバタしてますが、少し余裕が持てるようになりました・苦笑。

「グラフで平和を広めたい」

↑この考え、非常に良いですね。

自分もそうですが、最初は誰でも「自己満足」や「自己主張」・「自己発散」など
オナニーの延長で絵を描いていると思います。

しかし、その位置で止まっていてはいけません。

表現する側は絵を通して、表現を受け取る側にいろいろなメッセージを
送らなければならないと思います。
そしてそのメッセージによって、表現を受け取る側が大切な何かに気付き、
人生の方向を定める事ができたなら、それは僕達表現する側にとっても
さらに成長する糧になるでしょう。

だから僕達表現する側は、表現を受け取る側以上に悩み、考え、
その時その時でいろいろな答えを絵という形で表現しなければなりません。

KEYさんは次の段階(自己主張だけでなく表現する側になる)にきましたね。

KEYさんのようなメッセージを持ったライターが増えれば、
日本のGRAFFシーンも、もっとおもしろいモノになるのではないでしょうか。

と、言いながら僕自身、頭の中では、いろいろ理解できているのですが、
いざそれを絵に表現しようとすると、うまくいかなくて・・・・・
よく凹みます・汗。

お互い、頑張りましょう!。
 

LOOTさん

 投稿者:KEY  投稿日:2007年 4月28日(土)02時58分25秒
  お返事が遅くなってしまい大変申し訳ありません。

本当にLOOTさんのおっしゃる通りだと思います。しかし「人を思いやる心」を持つことは本当に難しいことですね。常日頃他人には優しく接しようと思ってはいてもイライラするとついついそんな気持ちもないがしろになってしまいます;原爆の話で言えば私はアメリカ人に対して憎しみ等の感情はありません。祖父や祖母の悲しみは忘れてはいけないことですが、私達の世代でも憎しみを持ちつづけていてはダメだと思っています。私は被爆地に生まれたせいか「平和」について考える機会が幼い時からたくさんありました。そんな私が辿り着いたのが「グラフで平和を広めたい」ということでした。まだ自分のスタイルが完成されていないのでベニヤ板やノートに日々向き合ってる最中ですが、それが完成したら壁に向かって描きたいと思っています。(もちろん公共物に限って)

というか、この掲示板は本当に他とは違ういいトコだなと感じます。
 

AMEN!

 投稿者:のの  投稿日:2007年 4月27日(金)22時20分45秒
  LOOTさんいいこというなぁ。ほんとにその通りだと思います。
下の文読んで嬉しくなりました。
 

皆さん、国や過去の出来事を踏まえて、次の段階での話をしませんか?。

 投稿者:LOOT  投稿日:2007年 4月27日(金)02時09分32秒
編集済
  今まで色々な事を多岐にわたり考え、つなぎ合わせていった時、
ある考えに行き着きました。

それを書きます。
--------------------------------------------------------------

宇宙レベルから見ると、人間は微生物以外の何者でもなく、神から選ばれた生物とは
とても思えません。(画像参照↓・宇宙に散らばる星の大きさです。)

僕達人間が[微生物]だとすると微生物から見た[人間]はとても偉大な[神のような存在]に
みえるでしょう。
しかし、人間は全く偉大ではなく、どこまでいっても動物であり、微生物より
巨大な身体と巨大な脳味噌をフルに活用して、殺し合いと破滅への欲求に
ひた走り続けています。
それに人間は[微生物]の事を、同じ命を持つ対等な生き物として見ていません。

たぶんどんなに進化しても、微生物レベルと同様の動物的本能が遺伝子に残っている
はずです。
この動物的本能は宇宙の法則に従って、成り立っています。

つまり宇宙のどの場所にいっても、条件さえ揃えば、地球と同じ動物的本能を
持った生物と生態系が成り立っていると考えられます。

そしてその生物も増殖と破滅を繰り返し、他の種族を自分達の勝手な都合で
絶滅に追いこんでいるでしょう。
どんなに進化して神のような存在に近づいても・・。

やはり宇宙では、人間は「神から選ばれたモノ」では全く無く、
「微生物」の何者でもなく、他の者が自分達「微生物」と対等な目線で
自分達「微生物」の事を考えてくれるとは到底思えません。

だから、おそらく神などいない・・・。

でも僕達は普段の生活の中で、不思議な事を、そして大きな力(神?)を
感じる時があります。

自分にとって重要な人と偶然出会ったり、自分が進もうとしている道(人生)に
無意識のうちに進んでいたり、困った時にタイミング良く助けられたり・・・。

僕達の生活の中で、何が僕達を助け、大きな力で包んでくれているのか。

やはりそれは「人が人を思いやる心」ではないでしょうか。

ノミの事(子孫繁栄)を等身大で真剣に考えてくれるのは、やはりノミであり、
人間の事(子孫繁栄)を等身大で真剣に考えてくれるのは、象や河馬や蚊でもなく、
やはり人間です。


人の思いが、人自身を助け合いそして成長させている。
人はどこまでいっても人であり、死んでも人なのではと思います。
死んだ人達(霊)の思いも、子孫に受け継がれ、そして注がれていると思います。

だから僕達は人としてもっと魅力的(?)にならなければならないし、
頑張っている人達や困っている人達にいろいろな形で手助けや励ましを
しなければならないと思います。

その思いが、いろんな形で自分に帰ってきて、自分自身の人生をより
良いモノにするのではないでしょうか。

僕達の描く絵が、その絵を見た人の人生に良い影響を与えるなら、
僕達が絵を描いている行為は「人が人を思いやる心(行動)」に
つながるのではないでしょうか。

誰も自分を愛してくれていないと感じるのは、
あなたが誰も愛さないからである。

松下電器創設者の松下幸之助氏の言葉です。

僕達にはこれからいろいろなつらい出来事や悲しい出来事が待っているでしょう。
でも大丈夫!。
自己完結の欲求や満足ではなく、「人を思いやる心」で絵を描き続けていれば、
自然に乗り越えることが出来ていると思います。

今昔の大部分の哲学者達は人間中心の考えから、哲学を導き出していると思われます。
しかし、「僕達は宇宙の中では、微生物程度のちっぽけなモノ」という事を
前提に考えた上で導かれた「人が人を思いやる心」の哲学は宇宙とつながった
本当の哲学のように感じます。


今までここで論じ合い、気付いたり成長した事などを、私生活に活かし、絵に活かし、
自分にとって身近な人達から幸せにするよう日々努力する事がもっとも大切な事では
ないでしょうか。




画像・宇宙に散らばる星の大きさ。(太陽を1とした場合)
 

ようやく書き込み・・汗。

 投稿者:LOOT  投稿日:2007年 4月23日(月)19時16分23秒
  何かと忙しく。テンパっていました。今もテンパってますが・・苦笑。

KEYさん>
僕の原爆投下についての認識は
「悪い意味でも良い意味でも、戦後日本の大きな変動のキッカケになった出来事」です。

だからこそ忘れてはいけない出来事ですし、今も苦しんでいる人達に国は最大限の努力を
しなければなりません。

それと今の日本を見るに、あれだけの傷を負いながら、たった半世紀で世界から
経済大国と言われるほどになった日本の底力の凄さを非常に感じます。
 

Q-lliさん

 投稿者:KEY  投稿日:2007年 4月12日(木)19時43分34秒
  >それはこれまでこの掲示板に書かせていただきました通りです。

過去の書き込みを拝見させていただきましたが分かりませんでした;もう一度簡潔におしゃっていただけると幸いです。

ちなみに私の原爆投下についての認識は、「アメリカによるソ連への牽制の意味も含めた非人道的な”実験”」です。もしかしたら人によっては「残虐な日本人を成敗するために必要だった兵器」となるかもしれません。私はそういうことがみなさんから聞けたらいいなと思っています。それを聞いて議論をしたいわけではありません。
 

以上は、新着順41番目から60番目までの記事です。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 
/5