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  1. 世界遺産について語る掲示板(1)
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鎌倉不登録勧告の原因について

 投稿者:佐藤弘弥  投稿日:2013年 5月 6日(月)23時09分29秒
返信・引用
  鎌倉の厳しい勧告の原因ですが推薦書のコンセプトが「武家の古都」となっていることで必然的に都市性が問われることにもかかわらず政庁跡である大倉御所跡が構成資産に入っておらず価値の証明が不十分となったものと考えられます。平泉の登録延期の時には「浄土信仰」の証明が問題となり、その論理で括れない柳の御所などが構成資産に入っており、結局それらを削らざるを得なかった。イコモスの審査は厳密なんですね。  
 

(無題)

 投稿者:take8693  投稿日:2013年 5月 6日(月)22時45分33秒
返信・引用
  4月下旬頃の朝日新聞に富士山が世界遺産登録されたと書かれていましたが
鎌倉の方は残念ながら見送りとなっていました。
 

偲ぶ

 投稿者:とし坊  投稿日:2012年 6月26日(火)07時46分58秒
返信・引用
   平泉こよなく愛す君に居て 悲劇の館久々に見て  

何じゃこりゃああああ

 投稿者:白い巨峰  投稿日:2011年11月 4日(金)00時07分36秒
返信・引用
  10年前と比べて鉄道マニアの掲示板で話題騒然。違いすぎる
義経や芭蕉の見たまんまとは言わないが中尊寺から見た束稲山と北上川とトコトコ走る東北本線
いまやゴテゴテの盛土。汽車からも山も川ももはや見えない
これでよいのか?よいのか?でももはや戻らん!

http://rail-uploader.khz-net.com/index.php?type=sage&id=997070

 

(無題)

 投稿者:むっくん  投稿日:2011年 9月26日(月)23時36分47秒
返信・引用
  おや、書き込みがない?
世界遺産登録されたら景観はどうでもいいんですか?
あとはこのまま維持でいいと思うんですか?
 

(無題)

 投稿者:にせむっくん  投稿日:2011年 7月12日(火)22時07分27秒
返信・引用
  弘弥さんの言うことも一理あるかもしれない。民放で東北の旅番組の放送時、高館から真下にみえるはずのバイパスがカメラにはあまり収められていなかった。
柳の御所は住民を半強制的に移転させたのに、それで除外となったのならその人たちは何のために移転したんでしょうな。
 でもまあ気持ちはわかる。私も移転したかったなぁ。さらに欲を言えば平泉以外に。
 

平泉の世界遺産登録には柳の御所跡の除外条件が付いている!!

 投稿者:佐藤弘弥  投稿日:2011年 5月 7日(土)20時03分14秒
返信・引用
  2011年5月7日未明(日本時間)、ユネスコの諮問機関であるイコモスより、平泉の世界遺産への登録勧告がなされた。これによって6月パリで開催されるユネスコ世界遺産委員会で正式に登録される可能性が高くなった。しかしこの勧告には、重要な登録条件が付けられている。それは、柳の御所遺跡を除外するという異例の指摘である。喜んでばかりはいられない。

明らかに、登録のネックとなる構成資産は残っていたことになる。柳の御所とは、奥州藤原氏初代清衡以降、政庁(政治の中心になる建物)として機能した重要な場所である。それが何故、除外条件になってしまったのか。

この問題の根幹には遺跡の真横を通過する平泉バイパスの存在がある。またこの問題は、ドレスデンのエルベ渓谷に渡された橋のために、この遺跡が2008年に世界遺産リストから除外されたことを、考慮に入れれば容易に判断がつく問題だった。私は、この遺跡が、平泉の世界遺産登録にとって、致命的な欠陥を持つものと一貫して指摘してきた。平泉が世界遺産の国内リストになるなる寸前の11年間も前からである。しかしこの指摘は、聞き入れられることはなかった。

結局、2011年、イコモスは勧告として、この柳の御所跡の除外を、登録条件としてあげた。推薦書に関わった文化庁や国内の推薦書作成委員も、町や県の関係者の多くは、このバイパス問題を、ある種のタブーとして、正面から論じて来なかったことを指摘して置きたい。これは一種の日本的議論スタイルのように思えた。関係者の誰もが、この問題の重要性を分かりながら、何とかなると、避けてきたのである。

しばらくして、公表されるであろうイコモスの柳の御所の除外原因についてその見解を、詳細に検討してみたいと思う。今後、6月まで、文化庁を中心として、柳の御所跡の除外についての議論がなされるはずである・・・。


※参考、
2010年1月21日に書き上げた「2011年平泉の世界遺産入りはどうなる!?」

http://www.st.rim.or.jp/~success/2010hiraizumi_ye.html
 

近況と??

 投稿者:にせむっくん  投稿日:2011年 3月21日(月)00時42分5秒
返信・引用
  藤原祭りどころではない。というのはどうやらあるらしいですね。(藤原祭りの義経東下り中止)
あと、文化史館のコンクリート製の手すり、見事に落ちましたね。
白山のところのかんざん亭も心配です。
でも、前の地震のときよりもなぜか2区(中尊寺のある地元)では目だった被害が少ないのがふしぎでした。墓石も倒れていないようでしたし。
 そして世界遺産について。イコモスが認めてくれなくても登録されなくとも有志が一致団結して努力すれば保全できないでしょうか。登録後は、有事のとき一応保護されるみたいだけど実際は???みたいですし。平泉世界遺産登録に対するに日本の人々の意見もいまひとつだし。
何かそれに代わるような何か、ないですかね。
観光客の制限をするとか。
 

(無題)

 投稿者:通りすがり  投稿日:2011年 3月13日(日)21時30分21秒
返信・引用
  なるほどちょっと早計に考えてしまいました。  

2011年の登録は◎・ただ柳の御所の現在の景観は世界遺産に相応しくない

 投稿者:佐藤弘弥  投稿日:2011年 3月13日(日)17時15分7秒
返信・引用 編集済
  通りすがり 様
皆さま

まずは三陸沖を震源に東北地方から関東まで今回の東日本大地震で被災された方すべての皆さまに心からお見舞い申し上げます。

周辺には多くの親族、知人、友人が折ります。しかしその安否は2日経過した3月13日午後でも不明のままで、心配が募ります。ただ、「ノーニュース・イズ・グッドニュース」という言葉もあり、平泉や一関、栗原と言った「平泉文化圏」の震災情報がまったく流れて来ないのは、良いニュースではないかと、楽観論で、心の不安を吹き飛ばしているところです。

冷静に考えれば、今回の東日本大地震は、地震予知のレベルで想定されていたものですが、その規模がマグニチュード9.0というのが、予想を上回っていること。同じくずれたプレートの範囲が500キロにも及ぶというのも、想定外のスケールでした。その結果、津波の威力が、まったく予想を越えた凄まじいものとなり、世界の津波の歴史上でも、最大級の被害をもたらしました。

ただ今回の被害は、内陸地区よりも、津波が猛威を振るったことによって、沿岸地域になりました。平泉は、幸いなことに内陸であり、津波被害を受けることはありませんでした。揺れに関しては、岩手宮城内陸地震地震など、これまで度々起こる大きな地震に遭遇していて、揺れに対応する備えは、官民ともに、十分とは言えませんが、それなりにあったと思います。栗原市などは、今回の地震のゆれで震度7を記録しており、最大級の揺れが起こりましたが、被害のニュースは報道されず、やはり沿岸部の津波被害が、今回の大震災の特徴ではないかと思っております。

このような震災の最中、不謹慎ではありますが、通りすがりさんがおっしゃったや「景観(世界遺産)」どころではないのか、という件について、若干の考察をしてみます。

ただユネスコ世界遺産の哲学は、戦争や自然災害(人災ー天災)にどう備え対処するかということを含んでいますので、ヒューマンな思いとクリティカルな対応は、明確に区別するべきと考えます。

先ほど、「ノーニュース・イズ・グッドニュース」と申しました。3月3日、尊敬する松浦晃一郎前ユネスコ事務局長が、同じ「ノーニュース・イズ・グッドニュース」を引用しながら平泉の世界遺産入りについて講演なさったそうです。

講演趣旨は以下の4つ。第一、平泉の2011年の登録について期待できる。第二、その理由は推薦書の構成資産が6つに絞られて浄土思想の説明と矛盾がなくなったこと。第三、推薦書について、新たな説明書の提出を求められなかったのは「ノーニュース・イズ・グッドニュース」と解釈すべし。第四、ユネスコむしろ登録された後の遺産の保護と継承が大事。

松浦氏が登録の可能性高い、という見解を示されたことは、朗報です。私の基本的な見解は、「2011年、平泉の世界遺産登録はどうなる?!」に既に記載してあります。
http://www.st.rim.or.jp/~success/2010hiraizumi_ye.html

簡単に言えば、柳の御所の歴史研究の精度やその景観を考えた場合、平泉は世界遺産のレベルにはない、という思いは、今も変わりません。松浦さんの講演は、構成資産を見た上での講演ではないようです。松浦さんは、時間の関係で、講演の次の日に構成資産を見て回ったそうです。是非、構成資産を自分の目で見た上で、見解を述べて欲しかったと残念に思います。

結論的には、私も2011年度、平泉の世界遺産にはほぼ登録されると思っています。ただ、依然として、柳の御所を周辺の景観は修景されるべきであり、今回の登録は、結局ユネスコ委員会内の日本をめぐる政治力学でなされるのではかいかと考えています。

是非、登録後、柳の御所の景観が、歴史研究の真価を踏まえて往時の真実性を取り戻す形で、修景されることを望みたいと思います。


 

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