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松尾征二さんへの追悼

 投稿者:藤井(8)  投稿日:2019年 5月13日(月)14時04分29秒
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   去る5月7日、初代会長を務められた松尾征二さん(2代、享年79歳)が亡くなられました。4年にわたって癌との闘病を続けておられたようです。松尾さんには、2000.10~2010.8には再度8代会長も務めていただきました。私は地質学という同じ専門分野を通じてのご交流もいただきました。本当にお世話になりました。いつもにこやかに元気よく、地質への好奇心旺盛に歩いておられました。もうお会いすることもできないと思うと本当に残念です。ご冥福を心よりお祈りいたします。
 以下の文章は、帰水会発足時の会長就任のご挨拶文です。72.1.15のOB会総会議事録から転載しました。

「穴は私の心のふるさとである」
 私がはじめて穴に入ったのは10年余り前で、ちょうど山大洞研(当時は山大洞窟調査会と称していた)の発足した頃である。それ以来大小50余りの洞穴に入ってきた。ここ5~6年は仕事に追われほとんど入っていない。しかし私の心の中には、10年前の洞穴調査の思い出がはっきりと脳裏に残っている。はじめて洞穴に入るときの緊張と感激、洞穴のにおい、はじめてヘルメットをかぶったときのよろこび、陶ヶ岳でのロッククライミングの訓練、文化会入会、小倉平尾台の総合調査のときの新洞(牡鹿洞)発見、秋芳洞琴ヶ淵潜水調査のことなど、きのうのことのように浮かんでくる。
 私は青春の一時期を穴にぶっつけた。そして穴は私の好奇心を、冒険心を、探検心を、また征服欲をかなえてくれた。穴は私の心をはぐくんだ“私の心のふるさと”といえる。そしてこのことは、私一人のことではなく洞研に籍をおいた全員の気持ちではないかと思う。だから洞研が10年余りも続き、着実に発展し現在の盛況を呈しているといえるであろう。
 しかし私達OBは卒業後は仕事などの関係でなかなか穴に入ることができない。何かふるさとに帰れぬわびしさを感じていたものである。このような時、山口大学教育学部河野教授や同志浜田孝之氏の骨折りでOB会が結成されたことは、私達OBにとって、まことによろこばしいことである。OB会発足により時には心のふるさとにも帰ることができ、またOB同志あるいは現役の諸君との親睦を深めることができることと感謝している。
 ところではからずも私がこのたび洞研OB会のお世話をすることになり、その任務の重大さを痛感しているものである。OB諸氏の御協力により、心とふるさとをつなぐ有意義な会にしたいと思いますのでよろしくお願いします。
 なお山口ケービングクラブ、こうもり会、山大洞研などの諸氏には何かとお世話になることが多いと思います。今後ともこれまで以上のご指導とご支援をお願い致します。
 
 
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