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スレッド一覧

  1. 世界遺産について語る掲示板(1)
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夢の跡

 投稿者:げんび系  投稿日:2008年 8月18日(月)23時45分0秒
返信・引用
  コンクリートの土台残してみんなつぶれるだろう、旧国道のドライブイン。
平泉周辺は廃墟だらけ、バイパス開通後の流動変化。
現代において文化と現代商業が連携していない。
儲かる場所に根付き儲からない場所は捨てる現代商業。
儲からなきゃ撤退、スパセン平泉、前沢ジャスコ、一関イオン、いつかは千葉級の轍踏むか。
文化がない地域に未来はないだろう。
あ、今から作った世界遺産饅頭とかでだまされる消費者はいないからね。
 
 

酔って書いた本音

 投稿者:むっくん  投稿日:2008年 8月15日(金)23時17分9秒
返信・引用
  世界遺産になるために、あれを変えようこれを変えようとするのは、おかしいと思うのです。
 たとえば、平泉駅前から北へ伸びる、中尊寺通りの景観。家具店があり、雑貨屋があり、床屋があり、そしてそれらの看板があります。それらは私にとっては見慣れた景色でありましたが・・・・・・・・・・・・・・・
 千葉久なつかしいですね。 あとダイエーもありましたね。あそこはさらに前は東光という名前でしたよね 確か?
 個人的に平泉よりは厳美渓のほうが自然があっていいなあと思います。磐井川をさらにのぼって本寺まで行くと型のいい岩魚がいますな。
 あ、ここまで書いて思いました。、見慣れた風景(中尊寺通り)も、地球環境を考えて、自然に還そうという条件なら、もしくは自然と共存を深めようとする(庭に木を植えるとかいうような小規模ではなく)ならぎりぎり賛同できます。
 しかし、その景観をを中身そのままで外観を大昔のものに変えて、世界遺産狙おうというのはいかがなものかと・・・
 その欲を捨てて自然環境との調和を図り、過去の歴史と現在の誰からも認められるような自然環境を持ったときこそ、おのずから世界遺産となるのではないでしょうか。なんて。
 というか、もう世界遺産のことは忘れたほうがいい。
 

blogやweb pageを作るのも市民運動かな?

 投稿者:横田メール  投稿日:2008年 8月12日(火)23時43分8秒
返信・引用
  とりあえず、メールアドレスを伏せた形で、「のぼり(幟)」blogや、web pageを組むことは可能ですね。
その心意気の問題かな。

法隆寺訪問の話、確かに土木工事が困難というのはありますが、それでいて平気で「地質調査したから大丈夫」といわんばかりにバカみたいな4kmの大深度トンネルを強行しようとする奈良国道・国交省に反対するweb pageを支援するweb pageも組んでます。
(この件、ユネスコの再注文もあり本決定には至っていない模様)
 

世界遺産が欲しいその思想が根本的問題。

 投稿者:世界遺産に反対の意見を述べたも  投稿日:2008年 8月11日(月)16時04分44秒
返信・引用
   奈良、京都はその寺院、庭園等が数多く世界遺産に指定されているのは周知のとおりです。最近は奈良県の世界最古の木造建築と言われる法隆寺を訪ねてきました。
 奈良、京都といえば関西の大都市大阪、神戸に隣接するので大都市の通勤圏であり、宅地開発の背中合わせとなっている。世界遺産のひとつである薬師寺などはそのすぐ側を近鉄の線路が通過している。少し歩けば大型モール等が立ち並び景観を守るのも多くの苦労並び地元の理解がなしにはとてもやっていけないと思われる。

 さてその法隆寺に行く為にJRの法隆寺駅を降りて寺に向かったのだが連日の猛暑で気温は38度近くにもなり数歩歩けばもう汗が噴きばしった。全く訪れる時期を間違えたのでは?と自分を責めたりもしたが。
 歩いているうちに何か異様な匂いが鼻をついてきた。それはすぐに下水の匂いと判ったのだが、これだけの観光地でありながらどうしてこんな基本的な事を野放しにしているのか非常に憤慨を覚えたのである。
 同じ事は同じ奈良市の西京に行く途中でも目撃した。
そこで何度か奈良市役所の意見投稿欄に投書したのだが、その回答は例のごとく多くの事情でとか管轄が違うどうのこうのと回りくどった内容であった。

さてどうしてこのように異臭を野放しにしているのかと憤慨する前にふと気がついたのは、要するにむやみに下水工事ができないある事情があるのではないかという事であった。

昔ながらの景観を守りつつ(昔は今のような下水施設は当然なかった。)宅地開発と隣あわせとなっている現実ではすき放題に工事ができないのであろう。
さてほとばしる汗を拭こうと思ったらなんとタオルを忘れてしまったのに気がついた。そこで途中のコンビ二と大型スーパーに行ってみたらどこも置いていないという信じられない現実に直面。そのコンビにでは入り口の目の前に大きなタオルの数々が置いていたのでそれを
購入しようとしたら、店員が”それは景品で置いているので商品でないから売れない”との一言。汗でびしょびしょになっていながらタオルさえ売ってくれないのだ。
それから数分行った大型スーパー、今で言うドラッグストアなので小さな手ぬぐい、ハンカチ等が当然売られていると思いきや、店長曰く、”売り切れたようですね。”

そこでもう汗にまみれる事とし法隆寺へと向かった。寺の通りに置かれているみやげ物やは一切寄らずに。

一通り見終わって人通りの少ない裏の通りを歩いていたら小さな商売っ気のないお店にたまらず駆け込んだ。そうしたら思ったとおり沢山、ごく普通のタオルが掛けられているではないか。そこで210円のタオルを購入。本当に助かった。
そしてその店のおばさんと心の温まる会話が始まる。そっけない会話ではあったが本当にその方から、観光客に対する暖かい思いやりの気持ちが伝わってきた。そしてその方は”冷たいお茶でもお入れしましょうか?”とも言ってくださったのだ。

そしてその近くの同じような店の前に申し訳ないように一台の自動販売機が置いてありコーラ一個購入したのだがそこの老女さんとも会話を持つことができたのであった。

大都市圏に押しつぶされそうな場所に置かれてる世界遺産とその長年育まれてきた文化ならびにそれを大切に守ろうとするごく普通の住民達に日本の良さの一面を見た思いがする。

さて平泉に目をやればこれまでとばかりに大金を投入してきれいなホームページを官民挙げて作成した。これとこれが見所ですと、金勘定ばかりが目に浮かぶ。世界遺産が欲しいのでコアゾーンを広げようとか、これとこれは除外しようとか。どうもその浅ましさが垣間見えるのだが。

 浄土思想はいいけれど、実際にかつてその思想を元に立てられた建築物はほとんど破壊され現在は存在していないので著しく説得力に欠けるのは周知の通りだ。実際問題観光客が平泉に来たらそういった建築物を目的に来るのは容易に想像できるがそれらがほとんど存在しない。
 世界遺産になったら全てが良い方向に行く事ばかりに囚われたその結果がはっきりと今回否定されたのである。

言っておくがこの古代都市を創造建築した藤原氏もまたこの地を訪れた松尾芭蕉も本来の目的から外れてしまった最近の世界遺産ブームにに対してはっきりと”ノー”を言うであろう。
 

すでに過不足なかった平泉

 投稿者:げんび系  投稿日:2008年 8月 6日(水)22時53分6秒
返信・引用
  小さな観光地でよかったの平泉は。世界遺産なんて大きな看板無理に立てずに。
景観を破壊してまでバイパスで集まってくる観光バス、それが生み出す世界的な経済。
それがほしいという人もいるけれど。
自分の考える平泉は。平泉駅前にあった小さなみやげ物屋。一関の千葉久。国道添いのドライブイン。
それでよかった。地域の中で経済が回ってた。時代とともにみんな失われた。
時代の流れに今回の震災。もはや地域内経済など時代遅れだと言われれば言い返すことなどできない。
それでも良き時代を回顧したい気持ちがある。小さくまとまることでうまくいくこともあったのではないだろうか。滋賀県の長浜のように。
夕張にならないためには、小さくまとまる必要もあったのではないだろうか。
世界遺産の荷は今の平泉には重すぎた。
 

(無題)

 投稿者:むっくん  投稿日:2008年 8月 5日(火)21時41分2秒
返信・引用
  でも現実的には、平泉町職員、町長も平泉バイパス開通の賛成派ですよね?
マスコミのかたがたもバイパス開通をすんなり受け入れてましたよね?
それでいながらそんな人たちも世界遺産推進派の人たちですよね?
 世界遺産登録を応援するということは、そのような平泉バイパス推進派に手を貸すことになるのではないでしょうか。ますます増長させる可能性は考えなかったのですか?

 私には、平泉のリーダーとして立候補するお金もないし、体力もないです。ただ自分の住むところの行く末が気になるから。平泉が第5の夕張になりそうな予感がしたから。
おせっかいでしたでしょうか?
しかし今の日本、どこが夕張と同じ状況になってもおかしくない。
そんな状況になったら、景観を守ることなどかんがえていられない。
自分たちの命が大事ですから。
 

平泉バイパス開通して世界遺産登録ならず、しかし・・・

 投稿者:佐藤弘弥  投稿日:2008年 8月 5日(火)21時12分35秒
返信・引用 編集済
  今日は08年8月5日です。平泉の世界遺産登録が、第三二回ユネスコ世界遺産委員会で、登録延期と決まってから、ほぼ一ヶ月が経過しています。今日の午前11時、私たちが平泉を世界遺産にする会を立ち上げるきっかけとなった「平泉バイパス」(5.8キロ)が開通しました。
私はとっさに、女流詩人金子みすずの「大漁」という詩を思いました。

大漁

   朝焼け小焼だ
   大漁だ
   大羽鰮(いわし)の
   大漁だ。

   浜は祭りの
   ようだけど
   海のなかでは
   何万の
   鰮のとむらい
   するだろう

この詩は大漁と祝う浜の漁師たちの興奮をよそに、海の中ではこれと180度違った弔いの儀式がはじまるという怖い詩です。私の心は、明らかに鰮たちの側の気持ちでいっぱいです。おそらくこの平和の都市平泉を創始した清衡さんも、極楽浄土で、暗澹(あんたん)とした気持ちでこう考えておられるのではないでしょうか。「何故ここまで、水を遠ざけ、高い塀で平泉の中心街を覆ってしまうのか?」と。

私たちは、平泉が暫定リストに入る半年前から、「平泉バイパスの工事」を停止させるためには、世界遺産の思想しかないと考えるようになりました。ですから、暫定リスト入りを見て、「平泉を世界遺産にする会」を立ち上げたのではないのです。そしてこの景観を害する巨大公共事業をストップさせることができるのは、これ以外に方法がないと感じたからでした。平泉が水の都の風情を取り戻すような景観を甦らせることはできないものかと思いました。

平泉は、間違いなく世界遺産になる価値のあるところです。しかしその価値が、開発によって台無しになると私には思われました。高館からの景色は、何と言っても平泉第一の景勝地です。芭蕉が感嘆で胸一杯になった場所です。世界遺産とは、人類共通の普遍的価値で、文化遺産を見る視点であり、住民の視点とは明らかに違う視点がそこにはあります。はっきり言わせていただければ、日本全土で、行われてきた「公共事業」と鋭く対立する思想をもっています。

世界遺産の概念は、元々戦争による文化財の破壊を防ぐ為に考えられたハーグ条約という国際法から発した考え方でした。世界各地に点在する世界人類共通の文化財を戦争から守るために考えられたものです。この考え方は、中尊寺供養願文の精神と合致します。もっと言えば、900年前に清衡さんが世界で最初に発想した恒久平和と無防備都市の考えだったと思います。

その後、ユネスコ世界遺産の概念は、各国の意見や世界の状況の変化に対応しながら、どんどんその概念が豊かになり進化してきました。戦争の他に開発によって台無しになってしまう文化遺産を守るためには、文化財の存在する狭いエリアだけではなく、より広範なバッファゾーンを確保しなければならないということにもなりました。また「文化景観」という概念も導入されました。さらに1996年には無形文化遺産という考え方にまで辿り着いています。これは日本の人間国宝の発想を、ユネスコが取り入れたことによる世界遺産条約そのものの進化ということです。目に見えないその奥にある考え方こそ大事だという思考まで盛られるようになっているのです。

そこで大事なことは、ユネスコ世界遺産条約は、絶対的な価値概念ではなく、日々進化し今現在でも変わって行っているという柔軟性そのものなのです。一方で観光を語るのは、ユネスコの概念を歪めるものとの、頑固な考え方がありますが、観光にも、良い観光と悪い観光があって、ユネスコ自身は、観光が悪いなどとは一言も言っていないのです。現在地方の疲弊が言われ、観光振興(世界遺産による町おこし)は、けっして悪いことではありません。もちろん世界遺産条約の精神を逸脱した行き過ぎはいけませんが。

さる7月7日、カナダのケベック市で、第三二回ユネスコ世界遺産委員会が、平泉に示した態度は、冷静にふり返れば、日本が提出した推薦書に対して、極めて常識的な判断を下したということが言えると思います。

それは、平泉が世界遺産の価値がないと言ったのではなく、推薦書の価値の証明が不十分であるという一点です。世界中の21カ国の委員会国で、「平泉は価値がない」と決めつける言い方をした国はありません。皆温かい気持ちで、日本には価値の証明をする時間が必要だと、モラトリアム期間を与えたというのが正しい認識だと思います。

厳しく言えば、私は日本が、昨年無理をしてイコモスが100項目のクレームをつけた「石見銀山」の登録を、言葉は悪いが、ごり押しで登録したことがあると思っています。つまり江戸の仇を長崎ならぬ平泉で取られてしまったという判断です。しかし厳しさ一辺倒ではありません。イコモスが5月にユネスコに提出した平泉の推薦書に関する七項目のクレームがあります。結論としてイコモスは、「登録延期」という大変厳しい勧告をユネスコにおこなったのですが、そこには明らかに登録をスムーズに済ませるためのヒントがありました。それはイコモスの日本の心ある人々への配慮だったと確信します。一言で言えば、日本が提出した推薦書には、抜き差しならない論理矛盾があり、このままでは登録には至れないことを指摘し、手っ取り早く登録をするためには、9箇所のコアゾーンを、場合によっては、減らすようなこともが必要であることを示唆していました。

これと同じ事が、実際のケベックのユネスコ委員会の席上でもありました。カナダの委員長は、日本にコアゾーンを変更する意思があるかと質問しました。それに対し、日本の近藤大使は、9つ全体が体のようなものだ、ということで、この助言を拒否しました。イコモス側のヒントを無視するような態度だったと思います。

日本側の態度について、委員会国側から見れば、「日本は何と傲慢な国」と映ったかもしれません。もちろんそこには昨年の石見銀山でイコモスの勧告を政治力で覆したという態度がマイナスに働いていることも当然だったでしょう。近藤大使から見れば、地元の期待を一手に受けて、中々コアゾーン候補を減らすことが出来ないのは分かりますが、これでかすかにあった「登録すべき」との声は完全にかき消されて「登録延期」と決まってしまいました。登録は、満場一致が原則なのです。これで平泉の登録の討論は事実上終了しました。

これを肯定的に解釈すれば、日本というリーダー国には、少し冷却期間をおいて、「政治的にごり押しするようなやり方は駄目ですよ。また少なくても推薦書に矛盾があったり、するようでは駄目ですよ」と言ってくれていると素直に受け入れるべきだと思います。

さてむっくんさん、最後にあなたの質問にお答えしましょう。純粋に景観問題に取り組めと、おっしゃっていますが、少なくてもあなた様は、ユネスコ世界遺産条約という国際条約をどのように解釈されているのでしょうか。

純粋な景観運動とはいったい何をさしているのでしょうか。それとも、私たちに平泉にやってきて、「錦の御旗に世界遺産になるためには、景観を破壊してはならない。だから、平泉バイパスも衣川堤防を造ってならない」とでも入れますか。そこで聞きたいのですが、あなたは、そんな私たちが来るのを待っているというのですか。

待つ前に、もしも景観が大事だというのであれば、あなたが何らかの行動を起こすべきではないのですか。選挙運動でもいい。あなたが政治家になればいい。町会議員でも町長にでも立候補すれば良い。

そもそも純粋な景観運動をやれ、という意味が私には分かりません。

むしろ私は思うのですが、景観破壊に反対ならば、私たちの運動にむしろ飛び込んで、町のあちこで、小さな集会でも開く原動力になるべきではなかったのではないでしょうか。私は喜んであなた様でのご提案に乗って、自費で平泉にいき、レジメを刷り、私のできることを精一杯やったでしょう。

私たちが行ったことは、柳の御所の桜を甦らせるために、何度も足を運び、写真に撮り、この景観問題のHPに掲載しました。この桜の甦生には、多くの人の賛同を得ました。しかし桜は、あなた様がご存じの通り、ほとんど枯死の状態です。

まさに、「世界遺産は登録延期で平泉バイパス通る」の状況です。

さてそんな私たちに純粋な景観運動ではないと、お責めになっているような論調ですが、むっくんさん、平泉はあなたの町ではないのですか。私たちのやり方が間違っていると言うならば、あなたが匿名でなく、実名をもって選挙に立つなり、何なりして、ご自分の意思を、地元の人々に伝えるようになさればよろしいではないでしょうか。その考え方に共鳴できれば、私も応援演説に立ちますよ。私たちに来てくれというのは、どのように考えても逆です。平泉は現在あなた様の住む町なのでしょう。

平泉の景観を大事にしたいという気持ちが、少しでもおありならば、是非世界遺産条約という世界的視野での思考をもって、自身の町平泉を大きな視点から再確認し、理解する努力をしてみていただけませんか。その上で申し上げますが、平泉はどこからみても、世界遺産に登録されるべき都市です。そして世界遺産条約の価値そのものを、高め豊かにする遺産です。私は最近、川霧を映像に納めましたが、清衡さんが、この地に遷都した意味がこの川霧を目の当たりにして良く理解できました。こんな都市は、そうあるものではありません。

※川霧の記事と写真と動画は以下のところで見てください。
http://kuriko.iza.ne.jp/blog/entry/667929/
 

バイパス開通だが・・

 投稿者:むっくん  投稿日:2008年 8月 5日(火)18時47分6秒
返信・引用
  景観問題を引き合いに出して世界遺産を推進するのはおかしいと思います。
なぜ純粋に景観問題に対しての取り組みを望まないのでしょう。
世界遺産を景観問題の解決手段にしようとすることは、怠慢な考えであります。
本題から逃げてうまくごまかしながら物事を進めようとする、すなわち、選挙のために消費税法案を先送りする政治家と似たようなものであるのです。
 本当に、景観を守る意思があるなら、その意思をわれわれ住民に示してください。
たとえば、景観保護の幟を持って、町内各家々を廻り賛同者を募る等、具体的なことを考えてください。
 その件でこちらにいらした際はこころよくおもてなししたいと思っております。
おっと、  それよりも佐藤弘弥さんはこの私の考え方に対して、どう思いましたか?
意見をお待ちしております。
 あと、げんび系さんも私の考え方に意見がありましたらどうぞお教えねがいます。
 

地震が頻発しています

 投稿者:げんび系  投稿日:2008年 7月26日(土)00時33分51秒
返信・引用
  大地震が多い。多くの被害が出ている。
平泉や一関では直接的に被害の出ていない観光地は「風評被害」で客足が落ちていると言う。
だが、それは正しいのか?
そもそも地震の起きた地域への観光とはリスクが高い。
余震が続く、新幹線の遅れ、道路の通行止め、いつ逢うかわからない。
直接的被害はなくとも、現時点で岩手県への観光はリスクは確かに存在する。
現実的には数時間の遅れが失業に直結してしまうのが今の日本の現実なのだ。
地震による遅れのリスクはあまりにも高い。
そのリスクをもって行く価値があるところであれば人は行くだろう
それを越える価値がなければ今の岩手に行く人はいないだろう。
それを超える価値があるところにはリスクをも問わない人々が訪問するだろう。
本当の風評被害を受けているのは名もなき観光地のみだ。
 

なぜ無理やりでも世界遺産にしようとするの?

 投稿者:むっくん  投稿日:2008年 7月25日(金)22時24分18秒
返信・引用
  これだけ散々マスコミも利用してまで大々的にアピールしたのにだめってことは、そもそも世界遺産としての資格はなかったのではないでしょうか。
 そんな資格のないものを無理やり世界遺産にしようとするのはおかしいとおもいます。
世界遺産にしたいという人の気持ちはわからないでもないですが、資格がないのですからどうしようもないのです。
 それでも平泉の景観を守りたいというのなら世界遺産登録目指すよりを、とりあえず平泉町役場に景観保護の名目で寄付してください。そのほうが平泉の景観を守るという覚悟がほかの町民にも伝わるし、それに触発されて町民も景観保護に興味を持ち、景観保護の気運が高まります。平泉の財政にも役立ちます。
平泉のために、ぜひおねがいします。
世界遺産登録よりも町民各個人の気持ちなのです。
世界遺産登録は二の次なのです。
大事なのは世界遺産にならずに景観を保護することなのです。
 

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